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広島地方裁判所 昭和44年(行ウ)23号 判決 1970年5月27日

原告 金安末一

被告 山田節男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者が求めた裁判

一、原告

(一)  被告は、広島市に対し七六五万円とこれに対する昭和四四年四月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに(一)項につき仮執行宣言

二、被告

(本案前の申立)

本件訴を却下する。

との判決

(本案に対する申立)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、主張

一、請求原因

(一)  原告は広島市(以下市という)の住民である。

(二)  市は、昭和四三年七月一一日中峯正夫に対し、広島市基町一番地広島城堀の蓮池離作見舞金として七六五万円を支払うことを決定した。

(三)  しかし、右離作見舞金の支払決定は、次に述べるとおり違法である。

(1) 中峯は、蓮を栽培するという名目で国から右堀を借り受けたにもかかわらず、現実には全く蓮を栽培していなかつた。

したがつて、蓮を栽培していたことを前提とする離作見舞金の支払いは違法である。

(2) かりに離作見舞金を支払うべきものであつたとしても、中峯は、市が右堀を国から借用するよりも前に、国から賃借していたものであるから、その支払は国がすべきであつて、市が支払うべき理由はない。

(四)  そこで、原告は、昭和四三年一〇月四日、市監査委員に対し、右離作見舞金の支払を差止めるため、監査請求をしたが同委員は、同年一一月一二日付で、原告の右請求を却下し、そのころ、原告に通知した。

(五)  そこで、原告は、広島市長に対し右離作見舞金の支払差止請求の訴を提起したが、被告は、昭和四四年三月三一日、中峯に対し、離作見舞金七六五万円の支払をした。

(六)  右支出により、市は七六五万円相当の損害をこうむつた。

(七)  よつて、原告は、被告に対し、前記支出により市がこうむつた損害賠償金七六五万円と、これに対する右支出の日の翌日である昭和四四年四月一日から完済まで民事法定利率による年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、本案前の抗弁および請求原因事実に対する答弁

(本案前の抗弁)

(一) 原告は、本件訴を、原告と広島市長間の昭和四三年(行ウ)三六号事件に追加的併合として提起しているが、行訴法一九条による請求の追加的併合は、同一当事者間の請求にかぎるから、本件訴の追加的併合は許されない。

(二) 本件訴は、監査請求を経ていないし、かりに、広島市長に対する七六五万円の支出行為差止の監査請求およびその結果の通知でたりるとしても、出訴期間が経過しているから、本件訴は不適法である。

(請求原因事実に対する答弁)

請求原因(一)、(二)、(四)、(五)項の事実を認め、(三)項の事実を争い、(六)項の事実を否認する。

三、被告の主張

(一)  本件堀の使用関係

本件堀は、国の所有であるが、国は明治二九年ころ、中峯熊市との間で、賃貸借契約を締結し、じ来、右熊市およびその子正夫が蓮の栽培、養魚を行なつてきた。そして第二次世界大戦後その所管が、旧陸軍省から大蔵省に移り、国の普通財産として管理されているものであるところ、国は、昭和二六年四月一日、右熊市との間で有償貸付契約を締結し、毎年更新を続けてきたが、昭和三四年八月五日右正夫との間で、あらためて次のような有償貸付契約を締結した。

(イ) 貸付料 年額七万九、五一五円

(ロ) 期間 昭和三四年四月一日から昭和三六年三月三一日まで。

ただし、国または借受人から特段の意思表示がないときは、さらに三年間継続し、その後も同様の方法で更新する。

(ハ) 国において、公共用に供するため貸付物件を必要とするときは、契約を解除することができる。

そして昭和三六年四月一日に契約当事者双方から特段の意思表示がなかつたので右契約は昭和三九年三月三一日まで更新された。

(二)  離作見舞金支出にいたる経緯

市は、昭和三八年一二月六日、国に対し、広島平和記念都市建設法にもとづく広島平和記念都市建設計画公園事業として広島城堀を整備するため、その借受けを申請した。

そこで国は、同年一二月二〇日付で、中峯正夫に対し、本件堀を公共の用に供するため必要とするとして、前記契約の約定

(ハ)により、昭和三九年三月三一日かぎりで、右貸付契約を解除する旨の意思表示をした。

その後、市は中峯と種々折衝した結果、ようやく七六五万円の離作見舞金を支払うことで、明け渡しの合意に達し、市議会の議決を経たうえ支出したものである。

(三)  市の離作見舞金支払の根拠

市が、国に対し、本件堀の借り受けを申し出た際、国は、市が中峯の占有を排除した場合には、使用貸借契約を締結する旨約した。このような取り扱いは、国の普通財産を譲与する場合の一般的な慣例であり、実情であつて、昭和二六年八月二八日大蔵省管財局長発中国財務局長あて通達「特別都市建設法に基く普通財産の譲与基準について」にも、同様のことが明文化されている。

そして、貸借人である中峯から、本件堀の返還を受ける場合、それによつて中峯がこうむる損失を補償すべきことは当然であり、このことは賃貸期間満了の場合であつても同様である。

しかして、市は、国から本件堀を無償で借り受けようとするのであるから、賃借人である中峯に対してなんらかの処置をし、国と中峯間の権利義務関係のいつさいを消滅させるべきことは社会通念上も認められるやむをえないことだというべきである。

(四)  離作見舞金の算定基準

(イ) 算定時点は昭和三九年三月三一日とした。

国が、中峯正夫に対してした前記契約解除の通知において、本件堀の返還時期として示した時期によつた。

なお、蓮の作付面積および収獲量については、契約解除時の昭和三九年当時において調査し、蓮の価格については、昭和三八年および三九年の取引価格を基準として算定した。

(ロ) 算定期間は三年とした。

建設省直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準では、期間の算定基準として農業廃止の場合は三年とされている(昭和三八年三月二〇日建設省訓令五号)。本件の場合、離作見舞金の適正を期するためこの補償基準に準拠して算出したものであつて、中峯が明治中期以来永年にわたつて栽培した事実および国は市の公共的使用の要請によつて中峯との契約を解除したものであることを考慮して、算定基準の期間を三年とした。

(ハ) 計算方法および内訳

別紙記載のとおり。

(五)  結論

以上のとおりであるから、被告の行為はいずれも適法である。

四、被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張(一)、(二)項の事実を認め、その他は全部争う。

請求原因(三)項の(1)で述べたとおり、中峯が本件堀で蓮を栽培していた事実はないのであるから、同人に本件堀の返還をさせても、同人に対してなんら損害を与えることはない。

第三、証拠<省略>

理由

第一、本案前の抗弁に対する判断

一、本案前の抗弁(一)について

行訴法一九条による請求の追加的併合は、追加する請求が従来の請求と関連請求に係るものであればたり、その相手方が従来の被告であると第三者であるとを問わないものと解するのが相当である。この点に関する被告の見解は採用できない。本件における原告の従来の請求は、本件の離作見舞金の支出を違法として広島市長に対し、七六五万円の支払差止を請求したものであり、追加する請求は、右支払いにより広島市において損害をこうむつたとして、これに代位して行う山田節男に対する七六五万円の損害賠償請求であつて、右は関連請求であると解されるので、本件併合は行訴法一九条の要件に合致したものである。

二、本案前の抗弁(二)について

請求原因(二)、(四)項の事実は当事者間に争いがない。

そして、本件訴訟の経過は次のとおりであることが本件記録により明らかである。すなわち、原告は昭和四三年一二月六日付訴状(同日受付)で、市を被告として、主位的に「市から中峯に対し、広島城堀の蓮池離作見舞金として七六五万円を支出する行為は無効であることを確認する。」、予備的に「右支出行為を取消す。」との訴(当裁判所昭和四三年(行ウ)第三六号事件)を提起し、昭和四四年一月六日付準備書面(同日受付)で請求の趣旨を「中峯に対し広島城堀の蓮池離作見舞金七六五万円の支払をしてはならない。」と補正(同月一三日の第二回準備手続期日に訴状および右準備書面を陳述)したが、同月二三日被告を広島市長に変更する申立をし、同年一月二九日当裁判所は右被告変更を許可した。ついで、原告は同年八月二六日付訴の追加的併合の申立書(同年九月二二日の第一〇回準備手続期日に陳述)で、被告山田節男に対する「被告は市に対し七六五万円を支払え。」との損害賠償請求を追加的に併合した(昭和四四年(行ウ)二三号事件、これは広島市長山田節男が支払差止請求の提訴にかかわらず同年三月三一日中峯正夫に対し前記見舞金七六五万円を支払つたことを理由とするもので、右事実は当事者間に争いがない)。

三六号事件(被告変更の前後を通じ)も二三号事件も、原告が請求原因で主張しているところは、要するに「中峯は蓮を栽培するという名目で国から堀を借り受けたにもかかわらず、現実には全く蓮の栽培をしていなかつたから、離作見舞金を支払う必要はなく、かりに支払うべきものとしても、国が支払うべきであつて、市が支払う理由はないから、右見舞金七六五万円の支払決定および支出は違法である」というものであり、弁論の全趣旨によれば、原告が昭和四三年一〇月四日市監査委員に対してした監査請求の要旨も、右と同様の理由により市長が中峯に七六五万円を支払うことの差止を求めたものであることが認められる。

右のような経緯を考慮すると、原告が被告山田節男に対する損害賠償請求を追加するには、広島市長に対する七六五万円の支出行為差止の監査請求およびその結果の通知を経ていればたりると解し、また出訴期間の制限に関しては、行訴法一五条、二〇条の類推適用により、市を被告とする七六五万円の支出行為無効確認等の訴が提起された時に本件被告山田節男に対する損害賠償請求の訴も提起されたものとみなすのが相当である。

したがつて、原告の本件訴は適法であり、被告の本案前の抗弁は理由がない。

第二、本案に対する判断

一、まず、市が請求原因(五)記載の日に中峯正夫に対し七六五万円を支払つたこと、右支払いは、被告の主張(一)、(二)記載のように、市が公園事業に用いるため国に対しその普通財産である本件堀の借受方を申し出たところ、国が先に中峯との間で締結していた右堀の貸付契約を賃貸期間の終期限りで堀を公共用に供するため必要として契約条項により解除したことにともない、その損失補償の趣旨(原本の存在および成立に争いのない乙一号証〔右契約書〕によれば、右契約にはこのような場合損害の補償を請求し得ることとなつている〔二一条三項〕ことが認められる)で被告が広島市長の職務として支出したものであることは当事者間に争いがない。

二、そこで、右契約解除によつて中峯が損失補償をうけるべきものとみられるかについて検討する。

一に記載した経過によると、本件契約解除は、賃貸期間経過後は賃貸借を更新しない旨を告知したことに当るものである。しかし、前掲乙一号証と証人松田謙三の証言に中峯が本件堀の貸付をうけた使用目的が蓮の栽培等であり、その期間が明治二九年ころから長期間継続したものである事実(この点当事者間に争いがない)を総合すると、右の貸付期間の定めは一応のものであつて、期間満了の際に、国は公益上必要ある場合など特段の事由がある場合のほかは、当然には中峯の使用継続を拒み得ない拘束をうけるものと解するのが相当である。

そうすると、中峯は、前記解除当時においてなお本件堀を引き続いて従前の事業のために使用収益し得る財産上の利益を有していたものというべく、前記解除は、公益上の必要を理由に右の利益を喪失させるものであるから、公共の用に供するため特別の犠牲を強いるものとして、前記解除にともなつて、中峯に対してその受けるべき損失を補償すべきものである(本件堀の賃貸借契約にも同趣旨の約条のあることは前記一において触れたところであり、国有財産法二四条、地方自治法二三八条の五にも同様な規定がある)。

三、次に、市がその公金の支出によつて前記補償をした点の適否について検討する。

公共の用に供するため財産権または財産上の利益を喪失させる場合、これにともなう損失の補償は、右により達成しようとする行政目的のために特別の負担を課するものであるから、右公共事業を実施すべき公共団体がなすべきものとして妨げない。

本件において、本件契約の解除の理由とされた公園事業は、市において設置・管理し、または、公用制限の課し得べき行政事務であるから、右解除による損失の補償を市がその公金の支出によつてしたところは相当であつて、この間に違法の点はない。

四、そこで、中峯に対する補償額を七六五万円とした点の適否について検討する。

本件のように公共団体が公益上の必要から私人の利益を喪失させる場合にこれに補償すべき金額は公共団体が一応決定することとなる。そして、決定額と正当補償額とが一致しない場合に直ちに右決定が違法となるというべきではなく、その差が著しい場合にはじめて違法な決定になると解するのが相当である。

成立に争いのない乙三号証と証人浅地広、岸本博の各証言によると、市が本件において補償額を定めた方法は被告主張(四)のとおりであり、その基準時、数額、期間等も妥当な根拠によるものであることが認められる。

この点について、中峯正夫が近年本件堀において蓮の栽培をしていたことの確証はなく(証人浅地広の証言中これに関する部分は信用しがたい)、本件貸付契約の貸付料が年額七万九、五一五円にすぎない、ということは本件補償額が多きに過ぎるものではないかとの疑念を生ぜしめるが、前記のとおり中峯の本件堀利用は明治二九年以来のものであつて、現に本件堀には多量の蓮が存在していること、前記貸付料決定と本件補償額決定との間には約一〇年の間隔があり、その間の物価の高騰があること等を考慮するとき、前段の事情も前記認定を左右するものとはしがたい。

したがつて、市の決定した補償額も違法であるとはいえない。

五、そうすると、被告が広島市長として右同額の公金を右の用途のため支出したことが違法なものとは認めがたい。

第三、むすび

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 辻川利正 北村恬夫 喜久本朝正)

(別紙省略)

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